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Le Poulpe / Editions Baleine

ル・プルプ
 〔1995 - 〕

バレンヌ社 (パリ)
     同一主人公連作、左派勧善懲悪物

【概説】
新進出版社バレンヌで始まった同一主人公連作形式のノワール小説コレクション。アイデアの提案者、叢書監修者はジャン=ベルナール・プイ。   
主人公は手足の長さから「蛸(プルプ)」とあだ名されるガブリエル。連れは美容院経営者のシェリル。武器供給役はペドロ。ガブリエルが大事にしている飛ばない飛行機「ポリカルポフ」を預かっているのがレイモン。ガブリエルは「豚足」と呼ばれるビストロの常連客で、ビールを飲みながら新聞に目を通し、三面記事で何か見つけると本一冊を手に地方都市へと調査に向かい…までがお約束のパターン。後はそれぞれの作家の裁量に委ねています。 
表紙にはマイルズ・ハイマンの柔らかいパステル画を使用。一冊39フランという当時としては廉価な価格で販売されていました。タイトルは駄洒落が基本、翻訳不能なものが大半をしめています。 
「ちょっとしたお遊び」、B級文学の祝祭として始まった叢書ですが、監修者プイが新人の原稿にまで門戸を開いたこともあって爆発的な拡大を見せました。95〜02年で160冊弱を公刊。映画化、漫画化、国外作家の寄稿、ネット上ではサイバー・プルプの連載企画…文学叢書を起点とした様々な可能性を網羅していきました。華やかな舞台の裏で問題が多々発生、作家間のエゴの衝突、原稿料未払い問題、次第に落ちこんでいく売上げ…バレンヌ社の親会社となったスイユが02年6月、強制的にケルヴェルソを解雇して叢書に幕が下りています。 

【諸データ】
【1995年】
小出版社で純文学作品を扱っていたアントワーヌ・ドゥ・ケルヴェルソが作家プイと出会い意気投合、叢書「ル・プルプ」のアイデアを実現するためにバレンヌ社を創設。 
 
【1995年6月】
ジャン=ベルナール・プイ、パトリック・レナル、セルジュ・カドリュパーニの3人の原稿が揃いル・プルプの原型が固まります。 
【1995年10月】
ル・プルプ第1弾『馬乗り娘は密告した』(ジャン=ベルナール・プイ著)発表。 
【1996年3月14日】
エクスプレス紙に「ポラールの革命」と題されたル・プルプの紹介記事が掲載されました。 
【1998年1月】
バレンヌ社はル・プルプに便乗する形でSF連作叢書の「マクノ」を新設。第1番はSF作家のアイエルダールでしたがその後ノワール作家(ミジオ、ヴェティエなど)も寄稿していきます。 
【1998年10月】
映画版『ル・プルプ』公開。監督ギョーム・ニクル、脚本ニクル/プイ/レナル。主人公ガブリエルをジャン=ピエール・ダルサンが、シェリルをクロティルド・クローが演じています。 
【1998年12月10日】
バレンヌ社が300万フラン以上の負債を抱えている事実が発覚、商事裁判所より会社の更生を求められる。 
【1999年1月25日】
バレンヌ社経営危機を受け、作家ジェラール・デルテイユが「ル・プルプ訴訟」と題された一文をオンラインに発表。ル・プルプとバレンヌ社をパロディ化した短編を公開するプロジェクトに言及、プイ/レナルとの関係が悪化する原因となりました。 
【1999年後半】
出版社スイユがバレンヌ社を合併吸収。採算の取れていなかった叢書(カナーユ・リヴォルヴァー、マクノ)の閉鎖を決定。年間の出版数を55冊まで落とすことが決まっています。 
【2000年1月】
スイユ社の元でバレンヌ社の建て直し開始。ケルヴェルソ自身が監修を手がけた新叢書「究極」の第1番『世紀末日記』(エヴ・デリアン)が発表されました。 
【2000年3月】
シス・ピエ・ス・テール社でル・プルプの漫画(BD)化シリーズ開始。 
【2002年6月】
スイユ社がバレンヌの閉鎖を決定。 
【2002年12月】
ロマン・スロコンブとカルロス・サンパヨ、2作のル・プルプでバレンヌ社の出版活動が終了。バレンヌ社は7年で360冊以上を出版、フランス語オリジナル作品を中心としたノワール小説の出版としては過去最大規模となりました。 
[2003〜] 
スイユ社の意向により、年に1〜2冊程度のペースでル・プルプの続編が発表されていきます。いずれも名の知れた作家(デナンクス、シムソロ、ルボー)による作品ですが、以前のような大きな話題にはなりませんでした。 

【附録: ル・プルプ裏名作10】
この叢書はどうしても有名作家(プイ、レナル、デナンクス、シムソロ…)で語られがちですが、実際に読んでいくとそれ以外にも掘り出し物があったりします。一ひねりした裏ベスト。
『靴を離してよ』
セドリック・スイヨ著
『ガブ、ダイアナを救う』
ピエール・ブルジャッド著
Goulasch-moi les baskets
/ Cédric Suillot
Gab Save The Di
/ Pierre Bourgeade
2000年出版。171番。物語は海外(ハンガリー)で展開。少女飛降り自殺の謎を解くだけですが、文章のリズム感が桁外れに素晴らしいです。オンライン書店アラパージュで「これが一番」って誰かコメントしてましたが同感。 2001年出版。214番。タイトルはピストルズ「ゴッド・セイヴ・ザ・クィーン」のもじり。ガブリエルはブードゥー魔術で故ダイアナ妃をゾンビとして蘇らせ、事故を仕組んだ犯人を暴き出し、最後は大英帝国を崩壊させます。ル・プルプの約束事を清々しいほど無視した怪作。

『土曜日はソドムの日』
ロマン・グピル著
『死体置き場しちゃいけないぜ』
イヴ・ラモネ&ジャック・バルベリ著
Lundi, c'est sodomie
/ Romain Goupil
Faut pas charnier
/ Yves Ramonet & Jacques Barberi
1998年出版。31番。ル・プルプ対国家理性。仏秘密組織内部、ガブリエルを罠に嵌める国家プロジェクトが起動します。謎めいた暗号で書かれた超知的ゲーム。やや難解ですがクオリティ高いです。 2002年出版。238番。舞台はサラエボ。トレジャーハンター殺し(ボスニアの埋蔵金)の謎解きと、暗殺者に追われた孤児院の子供たちを守ろうとする女性教師の奮闘、二つの筋を重ねていきます。チェスを小道具に使った物語展開が絶妙。

『拳銃チュートン人』
ステファヌ・ジェフレ著
『恐怖のチアノーゼ』
ジョルジュ=ジャン・アルノー著
Les Teutons flingueurs
/ Stéphane Geffray
L'Antizyklon des atroces
/ Georges-J. Arnaud:
1999年出版、149番。タイトルはジョルジュ・ロートネル映画のもじり。田舎のネオナチ退治は一見"正統派"ですが、銀行家によるマネーロンダリングの描写に説得力があります。資料収集・考証面では非常に手抜きが多いこの叢書の中で光っている一作。 1999年出版、113番。第二次大戦中、独軍用にフランスで製造された毒ガス数トンが何処かにまだ眠っている…ガブリエルがこの謎を解くのですが、(表紙にあるように)伝書鳩が物語の鍵となっています。アルノーは何書かせても上手いですね。

『負け犬のバラード』
ジャン=マルク・リニィ著
『聖なる乳の名において』
ギョーム・ニクル著
La Ballade Des Perdus
/ Jean-Marc Ligny
Le Saint des seins
/ Guillaume Nicloux
2007年出版、252番。アレイスター・クローリーを信奉するゴシック・ロックバンドの女性フアンが変死。この謎をガブリエルが解決…しません。オカルトの発想で書かれていて最後は憑依まで起こります。怖くないのが難点ですが、久しぶりに毛色が変わった新作だったので一押し。 1998年出版、21番。ニクルは映画版の脚本・監督もしているくらいですし、この作品も定番の一冊ですが作品の雰囲気は最初の30冊の中で少々浮いています。空気が重く、硬派で、やや危険な何か(たぶん「死」です)と戯れている感覚を味あわせてくれます。

『霧の酒』
ロマン・スロコンブ著
『誰がために金は成る』
ガブリエル・ルクーヴルール著
Saké des brumes
/ Romain Slocombe
Parkinson le Glas
/ Gabriel Lecouvreur
2002年出版、245番。スロコンブは日本を素材・舞台にした作品で有名ですが、この『霧の酒』はフランスを舞台にした初めてのノワール長編。神風ネタも使っていますがそれ以上に現代アート色を押し出しています。メルツバウの名前が出てくる唯一のル・プルプ。   2002年出版、234番。「ル・プルプ」ことガブリエル本人が書いたという設定の一作。どうやらジャン=ジャック・ルブーが書いた模様。多くの作家が単に「ル・プルプ」の型をなぞっていた中でルブーはガブリエルのキャラクターを深化させていきました。ついにシェリルと結婚するのか?子供も作るのか?悩んだ展開の末、最後ジンワリと感動がくる一作。

 

【最終更新】 2009-06-10
Photo : "Voici le temps des assassins" / Julien Duvivier, 1955
] Noirs [ - フランスのもう一つの文学 by Luj, 2008 - 2010