地獄に行くのは一緒だね

ヴィック・ヴォルリエ
(=アンジュ・バスティアニ)著


〔初版〕 1958年
フェレンジ社 (パリ)
叢書赤信号(レッド・ライト) 14番


Nous irons en enfer ensemble / Vic Vorlier
-Paris : Editions Ferenczi.
-(Feux rouges: 14).
-189p. -1958.


   

 クリスマスの賜物は忘れもしない女との再会、そして身に覚えのない殺人容疑だった。

 当時の源氏名はパール。豪勢な口元。下唇の方がやや厚め、官能、肉感的で数キロメートルのキスにも耐えそうだった。首には三重に巻かれた真珠のネックレス。半開きのコートから黒いレース製のナイトドレスが垣間見えていた。剥き出しの肩と胸元は16禁。以前ピガールでストリッパーをしていた女にしては大層な出世振り。ただし右目には殴打の跡があった。

 数年ぶりに会った女から身の上話を聞いていく。玉の輿のお相手は富豪のレミ・パイレ。時々は夫の不在中に外で火遊び。今晩はそれが悪い形に回ったらしい。スキャンダルを怖れ、不安気な様子の女を自宅へ送り届けていく。それが間違いの始まりだった。帰り道に夜襲を受け袋叩きにされる。複数の声の一つに聞き覚えがあった。押し入り強盗を得意とするならず者のフランシス・フェンチ。どうやらパールの火遊びの相手はこのフェンチらしい。しかも翌日、フェンチは車内での射殺体として発見される。

 「私を見捨てたりしないよね?」、頼まれると断れなかった。姦計に陥った女を助けていく羽目になる。何者かがパールを脅迫していた。二週間前から声を変えた匿名電話が「全てを夫にバラす」を繰り返していた。おそらくはフランシス・フェンチの仕業。フランシスの死後、弟のジュノが脅迫を引き継いだようである。ジュノはと言えば兄の復讐を誓った所。パールの愛人と誤解され、フランシス殺しの下手人だと勘違いされた主人公はジュノとその配下の男たちに追われながらも女を取り巻く陰謀劇のからくりを解き明かしていく…

 冒頭に女との出会いが発生、丁寧な女性描写が続いたかと思うと数ページ先で既に主人公が女を抱きしめている。典型的な「ジェームズ・M・ケイン・オープニング」の構造に1)女性が初対面ではなく旧知の間柄、2)邂逅の後すぐに主人公が追われる立場に回る、の二点で若干ヴァリエーションを加えてあります。『レ・アールの殺戮』でも使われていた「アンジュ・バスティアニ型ヴァリエーション」。毒気と翳りのある嘘付き美女を書くのは上手い作家ですので小説の切り出しとして相当面白くなっています。

 冒頭部の立ち上げに成功、タイトルの「地獄に行くのは一緒だね」のフレーズが効果的に機能して最後のほろ苦いベターエンドまで緊張感が持続…バスティアニが50年代以降に手がけたノワール諸作の出来栄えはピンキリだというのが巷の定説になっています。本作は上出来の部類。ケインの圧倒的な筆力には敵わないものの、その後を受けた50年代の米系作家(ミルトン=K・オザキ、ブルーノ・フィッシャー他)と並べても遜色はないかと思います。所々に挟まれた冬景色のパリが綺麗です。


Photo : "The Doorway To Hell" / Archie Mayo, 1930
] Noirs [ - フランスのもう一つの文学 by Luj, 2008 - 2010

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