|
|
|
ピアノ、小女、迷子の犬たち
|
アンジュ・バスティアニ著
|
|
〔初版〕 2005年
サン・パージュ社 (グルノーブル)
|
|
Le Piano, la naine et les chiens errants / Maurice Raphaël
-Grenoble : Editions Cent pages.
-64p. -19,5 x 12,5cm. -2005.
|
|
|
|
|
|
ニナはトゥーロンの朝の市場を抜けていく。片手に下げた買い物用の網袋には大きなキャベツが一つ。葉っぱはスープ用、芯はホワイトソースであえるつもりだった。ジャガイモにパセリ、まだ買物は残っている。「あんまり新鮮じゃないよね」、時々魚屋の親父さんと揉めて「猫背」となじられる。猫背ではなかったのに。23才、長いまつげと宝石の瞳、ニナは小人症だった。 |
素敵な男性が振り向いてくれる訳でもない。ダンスパーティーで誰かが声をかけてくれる訳でもない。それでもニナがめげなかったのには理由があった。前々から親が「買ってくれる」と約束していたグランドピアノが今日、クリスマス・プレゼントで届く予定だった。地元の他の女の子たちには手の出ない立派な楽器。ニナにとっての唯一の心の励みだった。 |
買物帰り、通路でスポンジを舐めていた一匹の野良犬に目を留める。「ほら、こっちにおいで」、いつもの癖で家に入れてしまう。父親が怒り始めた。「また野良犬か。食欲が失せるじゃないか」、ソファ下にもぐりこんだ犬を追い払おうとする。その場に居合わせた祖父が立ち上がる。「わしが追い払ってやろう」と杖でソファーの下を払い始める。杖が折れたのは直後だった。バランスを崩した祖父はテーブル角に額を強打。意識を失い、ピアノの到着を待つことなく他界してしまう… |
1953年発表の短編集『時間割』に収められた一編。53年はモーリス・ラファエル(=アンジュ・バスティアニ)にとって純文学作家最後の年に当たります。同年に公刊された『幽閉』がアンドレ・ブルトンに高く評価されるなど玄人筋で名は知られていましたが商業的成功には程遠く、翌年からセリ・ノワールで別な道を模索していくことになります。 |
地方都市の描写の美しさ、女性主人公の感受性の高さ、ささやかな喜怒哀楽の描きあげ方…『ピアノ、小女、迷子の犬たち』は物語の地味さにも関わらず意外なほど新鮮な読後感で読み手を驚かせてくれます。 |
物語後半、癇癪を起こしたお爺さんが発作で亡くなってしまった後で小さなアパートは酔っ払った父親、医者と神父、追悼客、犬を探しにやってきた意地悪おばさん(「犬を盗まれたって訴えてやる」)までが入り乱れ騒然としはじめるのですが、最後に「ピアノ」が到着した瞬間に人々は目を奪われ、怒りの矛先を納め、秩序の復旧が行われます。ハンディキャップ女性の苦難と受難が終わった訳ではないのでハッピーエンドではありませんが、一瞬浮かびあがった微かな希望が残余の「黒/絶望、失望」と綺麗なコントラストを成してこの短編を忘れがたい作品としています。
|
|
|