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スイス国境に近い山脈地帯。小さな宿屋「鱒」の食堂、四人がけのテーブルに男が座っていた。アルマール・タルトンピオン。16才で保険業界に入り、早くから才能を認められ出世コースを駆け上がっていった男。現在は独立しヴェルサイユに保険会社を構えている。工場のリスク・マネージメントで荒稼ぎしていたが…部下の一人が会社の金を流用して歯車がおかしくなり始め、建て直しにてこずっている最中。妻のエディットとの仲も険悪化し、今日は気分転換に川釣に足を運んでいる。
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ホテル前に赤のジャガーが停まっていた。誰が下りてくるのか客たちは興味津々で見守っている。期待は裏切られなかった。黒のドーベルマン、紐を手にした細身の女、そして禿げ上がった60代の老人…ブロッホ夫妻だった。老人は精密機械部品を扱っている会社の社長で、メインのクライアントは国家だった。本音で語るのが好きな老兵、タルトンピオンとすぐに意気投合。 |
「夜に嵐が止んだね。お日様が戻ってきた。いい釣り場があるんだ」、ブロッホ氏から鱒釣りの誘いがあった。急な傾斜を下りていくと穴場があった。魚たちは何の警戒もせず次々と餌にかかってくる。3キロはありそうな鱒だった。時間を忘れて釣に熱中。それが誤りだった。嵐の後で水かさが増し、二人は川から出られなくなってしまう。タルトンピオンは何とか泳ぎきったが…ブロッホ老人が溺死してしまう。 |
嫌な噂が流れ始めていた。老人の死は事故ではない、そんな噂だった。タルトンピオンが老人の妻ニナと戯れている写真が新聞に載った。ホテルの客たちがあることないことを言い立て始めた。全てが悪い方向に向かっていく… |
「影(オンブル)の物語」。ありふれたタイトルを逆手にとって延々と岩魚(オンブル)釣りの話を続けていくジャウアン。地味ですが80年代を代表する一編。ジャウアン著作で最もジェイムズ・M・ケイン色を感じさせます。普通だとファム・ファタルに熱を上げて旦那を殺しにかかるのですが本作は一ひねり、冤罪を着せられた主人公が「宿命の女殺し」に向かいます。作家の好調、充実を感じさせる第8長編。 |
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