エルヴェ・ジャウアン著


〔初版〕1995年
ドゥノエル社(パリ)
叢書「冷汗(シュウール・フロワッド)」


Le Fossé / Hervé Jaouen
-Paris : Editions Denoël.
-(Sueurs Froides).
-138p. -1995.


   

 あと二週間で出獄。連絡があった。判決は禁固18年だったが実際は12年5ヶ月で服役は終わる。ようやく。男は娘に向け手紙を書き始める。

 丘に面した町、夏。電話が鳴った。近くに住んでいる母親からだった。「孫はそっちに戻っているかい?」。週末を祖母の家で過ごしていたはずだが…昨晩遅くに家を出たきり連絡を絶っていた。祖母に甘やかされたカトリーヌ、深夜外出は初めてではなかったらしい。頭が回りはじめる。警察、派出所、病院、死体置場…嫌な言葉が次々思い浮かんでくる。妻の制止を振り切って車に乗った。娘を探しに向かう。

 同じ一つの町を「溝」が隔てていた。溝の手前には裕福な者たちが不自由なく暮らしている。対岸…かつて「新町」と呼ばれた一角は荒廃し、路肩で車の骸骨が腐り続けていた。カトリーヌが最後に姿を見せたのはこの一画だった。柄の悪い連中と付き合いはじめていた。妄想、嫌な映像を消すことはできなかった。車のダッシュボードから護身用の銃を抜く。車を降り、落書きだらけの団地に入りこんでいく…

 「お前が死んでしまうことがあったら。顔が腫れ上がり、胸で手を組んでいる。葬式。中学の同級生たちが墓穴に薔薇を投げていく…嫌な映像を振り払った。涙が溢れてきた」

 獄中の父親から娘へ。書簡形式で書かれた中篇。読みながら「作家が出発点に戻ってきているな」の印象が消えませんでした。『赤い花嫁』では都会からやってきた連中に花嫁が蹂躙されていきます。あの作品でも「父親」の要素は微かに現れていました。本作は視点を切り替え、何も分からぬまま悪の道に踏みこみ、「ビデオまで撮られた」娘を復讐していく父親の姿が描かれていきます。『つぐみ猟』で描かれた貧富の対立、『死化粧』の復讐物語、『海華』の近親相姦…様々な経験を集約し総決算として『赤い花嫁』と同じ物語を(裏返しに)語っていきます。ノワール作家の最終形?と複雑な気分になった佳作。


Photo : "The Doorway To Hell" / Archie Mayo, 1930
] Noirs [ - フランスのもう一つの文学 by Luj, 2008 - 2010

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