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ロマン・ノワール小史
〔2009年〕 |
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ジャン=ベルナール・プイ著 |
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ロマン・ノワ−ル原論 |
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〔初版〕 2009年
新眼社(パリ)
叢書「小史」 |
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Une brève Histoire du Roman noir / Jean-Bernard Pouy
-Paris : L'Oeil Neuf éditions.
-(Brève Histoire).
-130p. -2009. |
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【概要】 |
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『ラグビー小史』、『現代芸術小史』、『医薬品小史』など一連のガイド本を扱っている小さな新興出版社から発表されたロマン・ノワール小論。冒頭で「批評家ではないし歴史家でもない。ましてや大学研究者でもない。一介の愛好家に過ぎないのだけれど」と前置きしつつ、これまで誰も思いつかなかった独創的な切り口でロマン・ノワールの過去〜現在を俯瞰していきます。 |
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ミステリ(フランス語で「ポラール」)と呼ばれている何かが「一枚板」ではなく少なくとも4つの下位ジャンルに分けられると指摘、1)謎解き小説、2)警官/刑事小説、3)サスペンス〜スリラー小説と並べていった後、4つ目の項目としてノワール小説を提示、ミステリ全体のルーツを一般よりやや広めに捉え、『エディプス』や『罪と罰』にその原型を見て取りながら第2章からノワール小説の諸相を追い始めます。 |
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各章題に見て取れるのですが、通時的、国別に出来事を追いかけていくのではなく作家たちの「在り方」を型として捉えていくのが興味深いところ。第2章は「転轍手たち」と題され、ノワール小説を折々に刷新していった作家たちの功績が語られていきます。それは例えばハメット/チャンドラー/ケイン/ハイムズであり、フランスではマンシェットだったりする訳ですが、議論はさらに国境を越えて南米ノワールの勃興や北欧ノワールの展開へと流れていきます。 |
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「チャンドラー登場により、我々はようやくハードボイルドの暴力から離れて”目/視線”に近づいていく。マーロウの力を借りながら作家は辛抱強い歩みを続けていく。描写の力、醒めた対話の力で、そして何より心洗われるユーモアの力によって、昆虫学者もかくやという威力を備えたロスアンジェルス肖像画を描きあげていく」(27ページ) |
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第3章「罪人たち」では大衆文学(および19世紀新聞連載小説)に繋がる作家群像、第4章では「ペシミスト/ニヒリスト」が語られていき、後者ではホレス・マッコイ、ジム・トンプソンに始まってパラニューク、ケン・ブルーウンまで錚々たる面々が勢ぞろい。続く5〜7章は「燃え上がる者」「彗星」「インテリ」と題され、破格の作家、異端作家を取り上げる形でノワール小説の多様性を丁寧に掬いあげていきます。ハリー・クリューズやジョン・トリニアン、ジェローム・チャーリン、ハンター・S・トンプソンなど(いかにも仏ノワール愛好家好みの)英語圏作家、そしてプリュドンやミジオ、ヴィラールやフェレなどプイ自身とつながりの深い仏語圏作家たちが肩を並べたこの一角は本書で最も読み応えのある部分です。最後第8章で冒頭の下位ジャンル区分へと立ち戻り、セリ・ノワールの功績を確認する形で議論は終焉していきます。 |
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ありきたりなミステリ史観を回避し、作家様態論とでも呼べそうな枠組みを用いることで予想もしなかったノワール地図が見えてくるのが本書の醍醐味。時代を超え、国籍を超えたつながりが次々浮かび上がってきて読み手をドキドキさせてくれます。プイ自身が「横断的な(トランスベルサル)」と呼んでいる発想、ドゥルーズ&ガタリ/浅田彰風の「逃走線/闘争線」が組み込まれている辺りがいかにもフランス視点。 |
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しかしながらこの小品を魅力的にしているのは何より語り口です。いわゆる分析口調ではなく、酸いも甘いも噛み分けたノワール猛者がビール片手に尽きることのないジャンルの面白みを語り続けている、そんな印象も浮かんできます。 |
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リヴァージュ社系作家(マノッティ、オペル、デサン)、フルーヴ社系作家(アルノーやペロー、カドリュパニ、マルクス・マルト)、さらにヴァルガスまで完全にオミットされ、仏ノワール界総覧と呼ぶには抜けが多いのが惜しいところ。もう一人の重要作家「ジャン=ベルナール・プイ」への言及も見当たりませんが…これはおそらく別な者の仕事になるのでしょう。文学の「黒歴史」を内側から刳り貫いていく。『ロマン・ノワール小史』はルブランの『犯罪小説年鑑』、マンシェット『時評集』に匹敵する美しいミクロコスモスの生成を果たし上げています。 |
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【最終更新】 2010-02-15 |
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