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塹壕の死
〔1990年〕 |
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ジャック・シレイジョル著 |
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記憶喪失物、アルジェリア戦争、怪奇幻想 |
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〔初版〕 1990年
ガリマール社(パリ)
叢書セリ・ノワール2242番 |
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Une mort dans le Djebel / Jacques Syreigeol
-Paris : Editions Gallimard.
-(Série Noire ; 2242).
-1990. |
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【あらすじ】 |
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割れるように頭が痛かった。目を覚ますと額、肩一面に包帯が巻かれていた。ベッド脇には医者が立っている。「大丈夫?」 |
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返事をしようとしたが…言葉が出てこなかった。医者と看護婦の言葉を繰り返すだけ。「君はね、アルジェリア独立のための戦争で頑張ったんだよ」「戦争って何?」、「君はイスラム教徒なんだよ」。「イスラム教徒?」、自分の名前すら思い出せない有様。記憶を失ったようだった。 |
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「パン」、「女」、「家」…日々言葉を一つ一つ思い出していく。片腕は治らないそうだったが、記憶に関しては医者の予想を超えた回復を見せていた。退院が近づいていた。医者に与えられた「金」を持ち、「服」というものを着て出発する。外は雪景色、黒い鳥が舞っていた。霧の中、どことも知れず男は歩いていく。潅木の前に従兄のアジズが立っていた。「聞こえます?」、姿を消してしまう。当然だった。アジズはとっくに戦死していたのだから。 |
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低木の先に白い家が建っていた。老婆が声をかけてきた。「僕は記憶を失って…」と言うと「お前さんの家を知っているよ」と答えてきた。歩いて2、3時間かかるそうだった…緑色の玄関、自分の家が見えた。かつて食事をした中庭があった。中庭には樫の幹が転がっていて、男性の死体が括りつけられていた。 |
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踏みしめられた雪が泥になっていた。周囲の家々を訪れていく。銃殺されていた親娘。喉を切り裂かれた三姉妹。十字架にかけられ手首を切られた狂女。腹を刳り貫かれた羊…見つかるのは死体ばかりだった。「息子よ、源泉に向かうのだ…」、父の霊に促され、男は町へ下りていく。村の虐殺を仕組んだのが有力者のデュモンセルだと知って復讐に向かう。「死は死で償わなければ」、隣では母の霊がそう囁いていた… |
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【講評】 |
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ジャプリゾやコアトムールといったドゥノエル系のサスペンス作家は記憶喪失をトリッキーな筋立てに回収していくのですが、セリ・ノワールからの本作は幻想と狂気に比重が置かれています。一応最後は主人公の身分、身元をめぐる謎が解き明かされます。しかしそれが何かを解消する(あるいは秩序が回復される)という訳ではなく、闇をさらに闇で上塗りしていく手付きになっています。 |
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作家がアルジェリアに想いを馳せながら完成させたヴァンデ3部作の第2篇、真っ白な雪景色、点描のように飛んでいる鳥たちの軌跡が美しいです。 |
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【最終更新】 2009-06-17 |
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