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モジェット七十五番勝負!
ジャン=ベルナール・プイ作

〔初出〕 1991年10月 カイン誌増刊号


 夏、この一日、俺の忍耐力。全て終わろうとしていた。

 ようやくだった。テーブルの向こう側に兄貴がいる。目をそらし、うんざりしているのを露骨に顔に出している。でも兄貴だった。この一瞬を待っていた。兄貴は頬の内側を苛々と噛んでいる。一口でグラスを空にする。この男は。アンジュー産ワイン赤の10年物だった。

 「ワイン冷えてないじゃないか」だそうである。

 モジェット豆を山盛りにした皿を出してやった。俺が一つずつ数えたものだった。全部でちょうど75個。

 奴の目が生気を吹き返す。奴の大好物だった。子供の時からそうだった。モジェット豆はヴァンデ特産のマドレーヌ。ヴァンデ県のポワレ・シュル・ヴィ、祖母宅に引き取られた日を思い出す。昔々の話だった。子供の頃から二人は取っ組みあいの喧嘩ばかり。勝つのはいつも兄貴の方、得意満面な顔だった。

 「お前は食べないのか」 

 歯切れの悪い口調で兄貴。視線がぼんやりこっちに向けられていた。

 俺は答えなかった。古いMAT銃、7.65口径を引き出すと銃口を腹に向けてやった。

 「どこからそんな物を」

 指先で銃を左右に揺らす。俺は答えなかった。 

 「くだらないことは止めろって」、信じられない表情だった。「もういいって。来るんじゃなかったよ。お前って信じられない、くそ、ガキみたいなこと止めろって。止めろ、遊んでる暇ないって…」 

 「アドリアン、お前を殺す」

 溜息を一つ、奴は皿を押し返してきた。立ち上る。ダッシュで逃げ出そうとした。俺は引き金を引いて天井を撃った。激しい銃声が鼓膜を引き裂いた。火薬の匂いで鼻がツンとする。小説の通りだった。耳が聞こえない。手首が痛かった。天井から漆喰がポロポロ落ちてくる。真っ青な顔の兄貴。もう一度腰を下ろす。

 「次は下撃つ。どこに行くか分からないよ。膝?金玉?」、金切声の俺。 

 沈黙した兄貴。こっちを見つめている。テーブル下にゆっくり潜っていくピストルを見つめていた。何かを理解しようとしている表情だった。あぁとうとう弟が壊れてしまった。どうやって逃げ出そうか。これって何のお遊びよ。 

 「ジェローム…これって何の遊びだよ。止めろって、面白くないって」 

 「そうだね。あまり面白くないよね」

 「その銃こっち渡せって。人を傷つけるなんて」 

 「食え!」 

 目を白黒させていた。超高速で考えはじめた様子。豆を見ている視線がおかしかった。 

 「心配は無用。保証付き、そのモジェット豆は美味しいよ。殺虫剤なんて入ってないから…普通に殺してあげる。拳銃でね」 

 「いい加減にしろって。ジェローム」、声が擦れていた。「人を困らせるなら他に幾らも方法があるだろ」 

 「そうだね」 

 引き出しから銃をもう一丁取りだした。一回り大きなリヴォルヴァー。 

 「マヌーハン357マグナム。この距離だとね、背中の半分ぐらい吹き飛んじゃうよ。壁が塗り替わっちゃう」 

 少し安心した様子だった。マグナムなんて現実離れしていたからだ。こいつは冗談だった。奇妙な劇を演じてるだけ。なんて自分に言い聞かせている。こんな大袈裟な舞台装置は大きな話をしたいだけだって。 

 俺の目を見つめてくる。 

 「マリアンヌの件か。図星だろ」 

 「食べなって」 

 兄貴はこっちをじっと見つめていた。言葉を続けていく。 

 「お前さんが知ってるくらいは分かっていたよ…マリアンヌから話を聞いてたしな。前から疑ってるって。だから白状したって…」 

 俺は何も言わなかった。 

 「関係はお前が結婚する前からだったんだよ…」。声に不安が混ざっている。一瞬怖くなったらしい。 

 「その話は別にいいよ。あいつがいなくなったのは兄貴を避けるためでもあった訳で…違うって。兄貴を殺すのは全然違う理由なんだ」 

 「落ち着け。くだらない話は止めろって」 

 「落ち着いてるよ」 

 「本か。本の件だな?」 

 2人で一緒に本を書いたことがある。物語を考えたのは俺。実際に書いたのは兄貴だった。兄は自分一人の名義で出版。当時、俺は住所不定な生活を送っていた。どこにいるのかも分からない有様だった。SFがあんなバカ売れるなんて知らなかった。結局人生の階段を踏み外したまま。 

 「金が欲しいなんて言わなかったろう」、慌てた声の兄貴。「俺は養う家族がいたからさ。お前は田舎で放浪していたし。それでも良いって話だったろう。覚えてるか」 

 「それでも何かひとつしてくれていたら…でもその話じゃない。本はどうでもいいんだ。家族絡みのくだらない話は忘れたよ」 

 奇妙な目でこちらを見つめてくる。溜息が一つ。「昔の話を蒸し返すのは疲れる」、そんな様子だった。 

 「お前を病院に入れろって言ったのは俺じゃない。知ってるな?それだって終った話じゃないか。完治したって。しかもそんな昔の…」 

 「分かってる。頼んだのはママだった」 

 「全然理解できないよ。何で責めるんだ。俺がお前さんを大嫌いだからか」 

 「いや、これぐらいの距離感が丁度良いよね」 

 兄貴の両肩が落ちた。銃口を顔に突きつけてやった。 

 「話を聞いて。皿に豆が75個入っている。一個ずつ数えたんだ。だから一つずつ食べていって。兄貴を殺すのに75個の理由がある。聖書にあったヒラマメの皿さ」 

 「俺はユダじゃない…」 

 「食べろ」 

 慌てて食べ始める。フォークで一粒ずつ、英国風に。まだ甘く見ていた。調子を合わせていれば何とかなるって。病気がぶり返しただけだって。 

 「理由とやらを説明してみろ」、そう言ってきた。 

 深呼吸をひとつ。 

 「お前はワイルド・ターキーよりもジャック・ダニエルが好きだ」 

 笑いで噴き出した兄貴。堪えることができなかった 

 「お前はヴァネイグハイムよりもギー・ドゥボールが好きなんだ」 

 食欲が沸いてきたようだった。全て冗談だった。途方もない冗談。俺の代わりに話まで続けてくれた。 

 口一杯に豆を頬張りながら「俺はストーンズよりもビートルズが好きだな」。

 「その通り。気狂いピエロより勝手にしやがれ…チャンドラーよりハメット…アンナ・カリーナなんて好きじゃない…モンドリアンよりもピカソ、コルトレーンよりマイルス…ブローティガンなんて理解もできなかった…ユリシーズは読まないくせにプルーストがお気に入り」 

 「その二つは比べられんだろうが」 

 「黙って。ブルゴーニュ地方よりボルドー地方…プリドールよりアンクティル…テレンス・フィッシャーは嫌い…アントニオーニよりオーソン・ウェルズ…ゴロワーズじゃなくてジタンを吸ってる…アラン・バシュングよりジャック・イジュラン…マルローよりカミュ…マクノよりトロッキー、ジャック・デュトロンよりジョニー・アリディ」 

 「何でもありだな」 

 「イヴォンヌ・フュルノーって誰かなんて知らないだろ…スピノザよりヘーゲル…スマイリーよりジェイムス・ボンド…エメット・グローガンよりコリュッシュ…ポワレよりセロー…ルブランよりマンシェット…サルディニア島よりコルシカ島…ズブロッカよりアプソリュート…ヴィヴィアンヌ・ロマンスよりシモーヌ・シニョレ…乳より尻…ラロスコルビンよりヴィタスコルボル…スピローよりタンタン…ランゼロックスよりアステリクス…セーヌ右岸よりセーヌ左岸…地下鉄じゃなくてバス…ハーポよりもグルーチョ・マルクス…サン・ナゼール市よりナント市…ゴダールよりトリュフォー…新聞は5面じゃなくて1面…ハイドンよりモーツァルト…ライトよりル・コルビュジエ…ベリル島よりポルケロル島…」 

 俺はもう一度深呼吸。兄貴は大爆笑だった。 

 「続けて続けて。参考になる」 

 「お前が好きなのはソレルス、フランソワーズ・ドルト、ルロワ・ラドュリー、ベルナール・ピヴォ、カナル・プリュス、セルジュ・ジュリ、アジャーニ、アンヌ・サンクレール、グリュックスマン、アクチュエル誌…プレイボーイ誌よりもリュイ誌…ドゥヴェーレよりドパルデュー…ジム・トンプソンよりデイヴィッド・グーディス…ルノーよりプジョー…アイルトン・セナよりもアラン・プロスト」 

 「了解、その通りだ」 

 銃を鼻先に突きつけてやった。 

 「食えって。アルチュール・ランボーよりボードレール…カナダよりも合衆国…ゴングよりイエス…デニス・ホッパーよりピーター・フォンダ…マリューシュカ・デートメルスよりジェーン・フォンダ…アンドレよりエラム…カザニスよりリカール…マザーウェルよりローゼンクイスト…ロベール・ドローネーよりソニア・ドローネー…ゴーゴリよりドストエフスキー…アベルよりカイン…シャ・ソヴァージュよりショセット・ノワール…シェイクスピアよりモリエール…ロックよりジャズ…共産主義より社会主義…ヘルツォークよりヴェンダース…カレル・ライスよりスピルバーグ…ジョー・ストラマーよりジミー・ペイジ…相当深刻な事態だ」 

 兄貴はモジェット豆を平らげた。意見が一致したことになる。 

 「これで75個。聞きたければもう一度繰り返してあげる」 

 「ぜひお願いしたいね。こんな爆笑は久しぶりだ」 

 気が楽になった様子だった。それでも視界の片隅では拳銃を見つめている。マグナム357。俺も笑い出していた。 

 「兄貴を仕留めたり。本当は怖かったでしょう。これだけ理由が揃えば人間なんて殺せるよね。人を殺すのって本当はこういうのが理由なんだよね」

 「それって玩具だろ?」、笑いながらリヴォルヴァーを指さしてきた。

 「ご名答、水鉄砲さ。良く出来てるでしょ。台湾製だって。僕だって犬畜生じゃないからね。中にバーボンを入れといた」 

 「ジャック・ダニエル?それともワイルド・ターキー?」、冗談めかした口調だった。 

 「当ててみて」 

 俺は微笑んだ。 

 警戒した様子はなかった。口に銃を押しこんだ。引き金を引くと頭蓋骨の半分が吹き飛んで窓際、奥の壁へ飛び散った。 


【訳註】

・ギー・ドゥボール [Guy Debord]
    :仏思想家。シチュアシオニスト設立者、中心人物。
・ラウール・ヴァネイグハイム [Raoul Vaneigheim]
    :仏思想家。シチュアシオニスム中心の一人。
・リチャード・ブローティガン [Richard Brautigan]
    :米作家。
・ジャック・アンクティル [Jacques Anquetil]
    :50‐60年代に活躍した仏自転車選手。
・レイモン・プリドール [Raymond Poulidor]
    :50‐60年代に活躍した仏自転車選手。
・アラン・バシュング [Alain Bashung]
    :仏ポップ・ミュージシャン。
・ジャック・イジュラン [Jacques Higelin]
    :同上。
・ネストール・マクノ [Nestor Ivanovich Makhno]
    :ウクライナ出身のアナーキスト。
・ジャック・デュトロン [Jacques Dutronc]
    :仏ロック・ミュージシャン。
・ジョニー・アリディ [Johnny Halliday]
    :同上。
・イヴォンヌ・フュルノー [Yvonne Furneaux]
    :仏女優。フェリーニ『甘い生活』等。
・コリュッシュ [Coluche]
    :仏喜劇俳優。
・エメット・グローガン [Emmett Grogan]
    :街頭演劇のパフォーマー、アーティスト。
・ミシェル・セロー [Michel Serrault]
    :仏男優。
・ジャン・ポワレ [Jean Poiret]
    :仏映画監督。ミシェル・セローを相方にした漫才でデビュー。
・ミシェル・ルブラン [Michel Lebrun]
    :仏ポラール作家・批評家。95年没。
・ジャン=パトリック・マンシェット [Jean-Patrick Manchette]
    :仏ノワール作家・批評家。95年没。
・ズブロッカ [Zubrowska]
    :ウォッカの銘柄。
・アプソリュート [Absolute]
    :ジンの銘柄。
・ヴィヴィアンヌ・ロマンス [Viviane Romance]
    :仏女優。
・シモーヌ・シニョレ [Simone Signoret]
    :同上。
・ラロスコルビン [Laroscorbine]
    :薬品名。
・ヴィタスコルボル [Vitascorbol]
    :同上。
・ランゼロックス [Ranxerox]
    :トニノ・リベラトーレの漫画。
・アステリクス [Astérix]
    :仏劇画のキャラクター
・ハーポ・マルクス [Harpo Marx]
    :米俳優。マルクス兄弟三男。
・グルーチョ・マルクス [Groucho Marx]
    :米俳優。マルクス兄弟長男。
・フランク・ロイド・ライト [Frank Loyd Wright]
    :建築家。
・ル・コルビュジエ [Le Corbusier]
    :建築家。
・ベリル島 [Belle-Ile]
    :ブルターニュ地方の島名。
・ポルケロル島 [Porquerolles]
    :南仏の島名。
・フィリップ・ソレルス [Philippe Sollers]
    :作家。
・フランソワーズ・ドルト [Françoise Dolto]
    :精神分析家。
・エマニュエル・ルロワ・ラデュリー [Emmanuel LeRoy Ladurie]
    :アナール派の歴史学者。
・ベルナール・ピヴォ [Bernard Pivot]
    :ジャーナリスト。
・カナル・プリュス [Canal Plus]
    :フランスのTV局。
・セルジュ・ジュリ [Serge July]
    :日刊紙リベラシオンの創始者。
・イザベル・アジャーニ [Isabelle Adjani]
    :女優。
・アンヌ・サンクレール [Anne Sinclair]
    :TV局TF1局副社長。
・アンドレ・グリュックスマン [André Glucksmann]
    :フランスの政治思想家。
・パトリック・ドゥヴェール [Patrick Dewaere]
    :男優。『バルスーズ』(74年)出演。
・ジェラール・ドパルデュー [Gerard Depardieu]
    :男優。『バルスーズ』(74年)出演。
・ジム・トンプソン [Jim Thompson]
    :ハードボイルド作家。
・デヴィッド・グーディス [David Goodis]
    :同上。
・ゴング [Gong]
    :プログレ音楽集団。
・イエス [Yes]
    :同上。
・デニス・ホッパー [Dennis Hopper]
    :米男優・監督。『イージーライダー』出演。
・ピーター・フォンダ [Peter Fonda]
    :米男優。『イージーライダー』出演。
・ジェーン・フォンダ [Jane Fonda]
    :米女優。動物愛護家。
・マリューシュカ・デートメルス [Marushka Detmers]
    :オランダ出身、仏女優。『カルメンという名の女』出演。
・アンドレ [André]
    :靴屋。
・エラム [Eram]
    :同上。
・カザニス [Casanis]
    :パスティスの銘柄。
・リカール [Ricard]
    :同上。
・ロバート・マザウェル [Robert Motherwell]
    :米抽象画家。
・ジェームス・ローゼンクイスト [James Rosenquist]
    :米ポップ・アーティスト。
・ロベール・ドローネー [Robert Delaunay]
    :仏抽象画家、キュビスト。
・ソニア・ドローネー [Sonia Delaunay]
    :ロベールの妻。画家。
・シャ・ソヴァージュ [Les Chats Sauvages]
    :イエイエ時代にフランスを風靡したポップバンド名
・ショセット・ノワール [Les Chaussettes Noires]
    :同上。シャ・ソヴァージュの好敵手。
・ヴェルナー・ヘルツォーク [Werner Herzog]
    :独映画監督
・ヴィム・ヴェンダース [Wim Wenders]
    :同上。
・カレル・ライス [Karel Reisz]
    :チェコ出身の映画監督。
・ジョー・ストラマー [Joe Strummer]
    :クラッシュのギタリスト。
・ジミー・ペイジ [Jimmy Page]
    :レッド・ツェッペリンのギタリスト。


I got my mogette working / Jean-Bernard Pouy
paru in revue Cain, hors série, octobre 1991.



] Noirs [ - フランスのもう一つの文学 by Luj, 2008 - 2010