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(少し皺のよった)神様の写真
〔1985年〕 |
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アレクス・ヴァルー著 |
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パリ逍遥、チェス、自殺願望 |
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〔初版〕1985年
タブル・ロンド社(パリ) |
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La photo du Bon Dieu (sous pli discret)
/ Alex Varoux
-Paris : Editions Table ronde.
-228p. -1985. |
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【あらすじ】 |
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敷布団から身を引き剥がす。一本目のタバコに火をつけて絨毯を見下ろすとメス猫の「蚤吉」が丸まって眠っている。ベッドでは似たようなしかめ面を浮かべたサンディが寝息を立てていた。午前6時。お姫さまが目を覚ますにはもう少し時間がかかりそうだった。彼女と飼い猫、そしてチェス。幸福を噛みしめながら台所でお茶を入れていく。ぼんやりとした夢想の中で、自分をどう殺していこうか、その前にサンディをどう殺していこうか、あれこれと思いを巡らせてみたりする。敷布団の下にはいつでも使えるよう、一丁のリヴォルヴァーが隠してあった。 |
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ブルーノ・マニャン。チェストーナメントで優勝した経験もある優秀なチェス・プレーヤーだった。現在は実戦を引退し時々専門誌に記事を寄稿している。めったに外に出ることはなく、500メートル離れたタバコ屋さんとの往復が一番の運動だった。この朝、普段より早く起きたブルーノは珍しく遠出をしてしまう。旧友で元犯罪者のシモンに連れられてモンマルトルへ。シモンご用達の食堂喫茶で出会った女性マルティヌと意気投合し、動物園〜ホテル〜チェス喫茶へ、ちょっとしたデートコースと洒落こんでみる。 |
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「君って変わってるね」、身を寄せてきたマルティヌが面白がっている。それでもブルーノの頭にこびりついていたのはどう自分を殺していくのか、サンディは、飼い猫の「蚤吉」はどうなっていくのか、ソコロフの第17手「D-H4」は悪手だったのではないか、延々と続く果てしない自問だった… |
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【引用】 |
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ベッドの足元、猫の蚤吉がブルーノを見上げていた。「ボス、どうしやしょうか?すぐにおいらの飯の準備にとりかかりやすか?それともちょいと一緒に楽しみやしょか?」とでも言いたげな目つきだった。 |
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【講評】 |
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表面的には快活で馬鹿話が好き。でもどこかに自閉癖と潔癖症と狂気を抱えこんでしまった不思議なパリ青年の一日を追った物語。地元民にしか見えないような風景の描き方も多く、パリ逍遥の一作として読んでも十分に面白いかなと思います。 |
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この作家が70年代初頭に残したグロビュル・シリーズはシニアックのリュジュ連作以上に「笑える」内容でしたし、78年の『最後の老狂人』も仏ネオ・ポラール系作品として五指に数えられる秀作でした。本作でも機知に飛んだ言い回しが冴えており、タクシー運転手とのやりとりから花屋のエピソードまでクスクス笑える細工で一杯なのですが、一方初期に見られた破壊力・暴力性が達観したような淡い黒さとなって作品を覆い尽くしています。 |
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作品の1/4を占める主人公の「妄想モード」を完璧に操ってく筆力。ヴァルーは「あなた」への思いと「わたし」からの思いがずれた地点で発生してくる「狂」の力をデリケートに、コミカルに謳いあげていきます。シニカルな寂寥感。笑えるんだけど胸が痛くなってくる。いわゆる純犯罪小説とは違うので大っぴらには薦めませんが、「心のベストテン第一位はこんな本だった」を選ぶ時にふっと思い出しそうなので記憶の片隅にずっと留めておくことにします。 |
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【最終更新】 2010-01-03 |
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