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15分だけね
フランシス・ミジオ作

〔初出〕 1996年
『ビュット・ショーモンの戦い/15分だけね』
ティエリー・ジョンケ&フランシス・ミジオ
ルピオット社 叢書ゼブル 3番


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 ポーランの奴を不意打ちで殺れたのに。

 アパートに入っていく音は奴の耳に届いてはいなかった。引越中だからドアは開いたまま。背中に向けて銃を撃ちまくる。こっそり去っていく。何て楽な話。現金を回収、死体を置きっぱなしにしてサヨナラだ。復讐完了。最後にもう一度戻ってきて蹴りを一発。それから脱出。自分の国に戻るんだ。僕のクロブキー王国へ。これでお仕舞い。 

 問題が一つ。今日の僕はラッキー・デーじゃなかった。よく考えてみるとラッキーな年でもなかった。 

 入ってすぐ王衣がドアノブに引っかかった。ジャガイモ袋で作った王様ケープはジャガイモ袋の音を立てて破れてしまう。驚いたの何ので王様の杖を落としてしまう(ちなみに左手にはゴム男の貸してくれた拳銃が一丁)。杖の先端についていたガラス栓が外れて床をコロコロと。飛びのいて振り返ったポーラン。 

 顔が真っ赤だった。洗濯機を抱えていたからだ。思わず僕の叫び声がひとつ。洗濯機から手を離したポーラン。倒れた洗濯機に押し潰されてガラスの栓が粉々に飛び散った。 

 一瞬の出来事だった。 

 割れた破片が突き刺さってくる。衝撃にのけぞった僕、王冠を落としてひっくり返る。冠のトゲトゲが太股にグサっと。レオタードが伝染していた。倒れこんだ僕の惨めな姿。あぁ、王様のレオタードが。鳥女に貰った愛のレオタードが。 

 ポーランが近寄ってくる。 

 「あれあれ、クロブキー国王じゃありませんか。ポーラン様を攻撃ですか」 

 「近づくな悪党!」と僕の叫び。脅すつもりじゃなかった。死ぬほど怖かったんだ。 

 上から見下ろしてきた男。王冠に座っていると痔に悩まされていた頃の悲しい思い出が蘇ってくる。リヴォルヴァーひとつでどれくらい持つのか心もとなかった。 

 男が一歩近づいた。ピクピクとした痙攣、手でポケットを漁りはじめた。 

 「復讐罪。人間が動物と違うのはこれだね」 

 ミントキャンディーの缶を揺すった。 

 僕の全身が震えていた。奴の…ミントキャンディー。 

 飴の缶が伸びてきた。「一個どうぞ」の意味だった。 

 限界だった。これ以上は耐え切れなかった。胸を狙って引金を一度。 

 僕の大きな叫び声が響いた。 

 沈黙が戻っていた。目を開いてみる。ポーランは浴槽の円窓が割れているのを調べていた。汚れた洗濯物が穴から落ちている。洗剤を入れる丸い部品がコマのように回っていた。 

 「うわ。洗剤君壊れた」 

 ポーランが近寄ってくる。片手で僕を引き起こした。もう片方の手でビンタを二発、バンバン!って。 


 警部: さてクロブカ君。もう一度最初から始めようか。死体が三つ。これって説明が要るんだよね。一部始終を話してくれないと終わらないよ。発言には充分注意すること。協・力・し・て・くださいな。 

 僕: 尋問が始まるの? 

 警部: 推理小説っぽい言い回しが好きならそれでどうぞ。大事なのは君が白状してくれることさ。我々がそれを検証していく。簡単に言うとね。 

 僕: 最初から? 

 警部: そう、最初から。見えるかな。照明がある。大きな電話帳もある。濡らしたタオルもあって顔に残った跡を消すこともできる。道具は一式揃ってるんだ。最新式とは言えないがこの方法って有効なんだよね。この手の道具を使ってもいいが…時間は節約したいかな。 

 僕: 長くてこみいった話なんだけど… 

 警部: それをまとめるのが我々の仕事なのさ。そこにいる彼が話を記録してくれる。 

 僕: 出来るだけ分かりやすく話してみるよ。 

 タイプライターの男: お願いだよ。そうしてもらえると助かるんだ、修正液を注文したのにまだ届かないんだ。誰が何をしたのか分かるように話してね。機械のタブも壊れちゃってるんで… 

 僕: 最初はね… 


 最初はね。 

 人生最大の過ちはアンディ・ウォーホルの記事を読んでしまったことだった。ウォーホルってのはスープ缶を二度売りして稼いでいたアメリカの真っ白毛な芸術家。あっという間にセレブになった。今の僕なんかと比べものにならない有名人。だって向こうは世界規模、地球規模。僕が有名って言ってもなせいぜい国内どまりだしね。ウォーホルには先見の明があってスープ缶とマリリン・モンローを描くだけでアートを進化させた。雑誌にはそう書いてあったよ。ウォーホルの予言に耳を貸したせいでこの物語が始まったんだ。 

 「今の時代、誰もが15分は有名になれる」、だいたいこんな内容だったと思う。なんでこの台詞が『共済組合の友』に引用されていたのかは覚えていない。電気ショック並の衝撃だった。一年くらい前の話かな。雑誌を置いたときに頭が「?」になっていた。記事を読んで読み返して読み読み返した。色々な意味に取ってみたんだけど結局駄目だった。どうして15分?超厳密で超限定、ありえない断定口調に頭がグチャグチャになってしまう。責められている気分だった。「声がどこかであたしを呼んでるんじゃよ」、水曜市で編み物を売ってるおばさんの言うとおり。運命を達観したウォーホルの宣告。メディアで有名になれたとしても所詮は一瞬。それなら名声を求めて日々努力を積み重ねている人はどうなるの?おかしいよね。限定しすぎだと思う。

 色々考えているうちに「15分以上やってやろうか」の気分になってきた。文章が長くなってごめんね。考えごとをしていると何が何か分からなくなってくる。いつの間にか夜になっていた。「電気を点けないと」よりも強い奇妙な感情。アンディ君の発言に隠された挑戦は受けてやる(「君」付けで呼んだのはその方が楽かなって。個人的な知り合いではないんだけれど)。アンディ君は間違っているって証明したかった。誘惑に逆らえなかった。それだけじゃない。僕の人生に新たな意味が一つ加わっていた。

 これまで結構な時間「人生の意味」を探し続けていた。 

 「人生には意味がないとね」、誰かとある日そんな話をした。同窓会だったと思う。人生の意味は相当役に立つらしかった。「どうもね」、パーティーの残飯を片付けた従業員がヒソヒソと言ってきた。「生きる意味が大事だってのはなかなか気がつかないみたい。後々周りの連中が正しかったのに気づくんだって」。目に浮かぶようだった。従業員は真剣な表情でうなずいている。意見をありがたく頂戴しておくことにした。食べ切れなかったチーズが溶けていく。僕の人生を象徴していているような…運命の印だった。 

 あの場面を思い出す。言葉が響いている。「15分だけ」というアンディ君の言葉は僕にも向けられていた。全てがつながってくる…

 あの晩、革装丁された『共済組合の友』(普段馴染みのない壮大な考え事が沢山書かれていた)を片付けながら誓ったんだ。自分の人生をどうこうなんて今まで考えもしなかった。でも一つ目標を立てる。「15分以上有名になる」。有名人と仲良しになる。遊んで暮らす。朝食にはイギリス風にトーストした食パンを食べる。一言でいうと人から認められ羨ましがられる人生を送る。 

 「夢ばかり追いかけていても」、自分の声にびっくりした。考え事に夢中で数時間無言だった。「プロジェクトは慎重に進めないとね」 

 そうなると…まずは「20分有名に」ぐらいが無難だった。20分以上はまた後で考えよう。

 言い伝えによると良い助言は寝ている間にやってくる。大きな嘘だった。確かに翌朝目を覚ますと生まれ変わった気分。希望に満ちた約束で包みこまれたような。でも一つ気になっていた。この一つで全部が崩れてしまったら最悪だった。「…何から手をつければいいのかな」 


 タイプライターの男: インクリボン換えてもいいかな。これが始まりだって言うのなら… 


 ポーランに組み伏せられた。動こうとしても無駄だった。振り払うことができず手足をバタバタさせていた。洗濯機の円窓まで引き立てられていく。割れたガラスに顔を押し付けられた。

 「何をしたか見てみろ」 

 叫ぼうとした。喉に靴下が詰まって息ができなかった。 

 「お前さんの金だが…手に入れ損ねたな」、唸るような声で男。「お前が死んだら遺産を継ぐのは俺。契約ではそうなっていたな。今日でお仕舞。悲しい事故が起こって俺様は金持ちになる。クロブカ国王は王衣で転倒、浴槽に転げ落ちて蓋が閉まる。機械が自動的にスタート。なんて劇的なドラマ…。疑う奴などいないはず」 

 怖くて頭がクラクラしてきた。金を奪おうとしているだけじゃない。僕の命まで。

 ポーランは浴槽の窓を開けた。 

 「90℃にしてやる。汚い虫けらにお似合いの温度設定だ」

 希望が蘇ってくる。浴槽のガラス窓が割れているから予洗は出来ない。少なくても溺死の怖れはなかった。この機種で乾燥洗いと下着洗いが出来るのかどうかは分からなかった…「普段からもっと洗濯機に興味を持っていれば」、強い後悔が湧き上がってくる。自分の一生が走馬灯となって流れていく。確かに、電化製品に興味を持った人生ではなかった。いずれにしても手遅れな話、すでに浴槽に頭を突っこまれていた。 

 両肩が引っかかっていた。後どれくらい耐え切れるか。両肩に見捨てられたら僕の一生はお仕舞いだった。

 不意に背後からゴム男の声がした。 

 「手を離せ、ポーラン!」、サーカス界の英雄ゴム男が脅しをかけてくる。 

 ポーランが手を離す。地面に転がった僕。今経験した恐ろしさにすすり泣きが漏れてくる。 

 室内に沈黙が広がっていた。どう出来事が展開していくのか追っていった。ゴム男はリヴォルヴァーを拾いあげた。ポーランに狙いを定める。奴は僕よりずっと用心深かった。ポーランの通り道を塞ぐようにライトに片足を巻いていた。逆の足はタンスまで届いている。銃を持っていない手は玄関扉の縁にかかっていた。 

 ポーランの爆笑。ポケットのミント・キャンディーを探した。 

 「これで病人さん全員集合ですか?」 

 一発の銃声が鳴り響いた。 


 警部 : 話を続けてくれ。インクリボンの話は毎回だ。あれで笑えると思ってるのさ。

 タイプライターの男: 仲間内での古い冗談さ。クロブカ君、話を続けて… 

 僕: 「美・豪・富」誌を一冊手に入れた。目がくらむような成功って一体どんな感じなのか興味があったんだ。生まれからして違うんだよ。手がけた仕事は成功させる。歌だったり、スポーツだったり。仲良さそうに結婚式を挙げ、天から二物も三物も与えられて…どれもこれも僕にないものばかり、自分でも気がついたよ。物凄い幸運に恵まれているか、偶然に助けてもらうか、無茶苦茶努力するか。どれも無縁だった。探し物を見つけたのは社交界のページ。特派員が書いていたんだ(強調したい言葉は太字になっていた)。 

 「模造宝石とスパンコールで飾られた狂夜。我々はクラブ・ダイヤモンズに足を踏みいれました。ハリウッド最新の寵児ヴェラがマックス・スクリピウムと頬を重ねて踊っています。マックスは有名なテロリスト、分離主義者、食人主義者で、自身ベストセラー作家であるミシャルスキー警部との共著『マックス回想録選集』が数百万部のヒット作になりました。密かに浴室に潜入したところ…」

 写真が一枚。シリコンで膨らませた乳房に男があごを埋めていた。 

 「んー。頬を重ねて」 

 写真を入念にチェックしていく。男は女優の尻をわし掴みにしている。もう一方の手にグラジオラス用の花瓶と見まがう巨大なシャンパン。剣を突き刺したオレンジがプカプカ浮いている(最近のゴシップ誌って写真まで誇張されているよね)。 

 独立分離主義者。天才的発想かも。独り言が漏れた。 

 自分だったらどんな感じになるか考えてみる。分離主義者になるためには…当然、分離する領土が必要だった。そんな大層な土地は持ってない。せいぜい古い空き地だった。アルジャンタン市のすぐ近く、昔果樹園だった一画で人の住めた場所じゃない。当地ではなぜか最近林檎ブームが起こっていたりするのだけど、メディアの興味を引く目新しさ、異国情緒はひとかけらもなかった。イラクサだらけの空き地にやって来る連中といえば、敵意を向けてくる土地がスリリングで楽しいと思っている荒れた若者くらい。ありもしない分離主義者の夢を追って煙草メーカーのシールを貼った4WDの轍を管理する気にはなれなかった。しかもバナナ共和国並みの面倒臭さ。傭兵部隊を組織して県全体を征服、独立を要求する訳にもいかない。ざっと計算してみる。人件費、諸経費、雑費…費用がかかりすぎだった。人材の確保だって難しい。傭兵と言っても職業安定所で出会った連中、行列に並んでいるだけで疲れてしまう奴らばかり。しかも未成年を雇うのは法律で禁じられている。「傭兵」のオプションは諦めた。実現不可能だった。 

 考えに考えた挙句、今住んでいる自分の家を独立させることに決めた。「些細な話で人生を複雑にすることはないよね」。僕の独り言は筋が通っていた。広大な領土を支配したい訳じゃない。200坪の芝生を週2回刈るだけで手一杯だった。有名になりたいだけの話。ほらね、最初から気を使っていたのが良く分かる。面倒な話で企画が潰れたらお話にならなかった。 

 部屋数が5つ。庭と金魚用の池を合わせて面積約200坪。この土地を独立させる。正式な独立宣言の前に準備をしておいた。古いシーツを裁断して王様用ケープを作る。王冠ケーキ、ガレット・デ・ロワ用の冠を買ってくる。競輪用のレオタードも手に入れた。手袋に古新聞を詰めて端を結び、鉄パイプに貼りつければ王杖の出来上がり。とりあえず最初から贅沢に事を進めるつもりはなかった。最初は栄光に浸るのが大事だった。それからじっくり時間をかけて権力に付き物の派手な飾りに取りかかっていく。宮廷を豪華に整備していくのだ(ここでは職安の連中が活躍してくれた)。装飾といってもひとまずシンボル(象徴)だけを強調しておく。シンボルや象徴なんて言い始めている段階で間違いなく精神的な成長だった。良い王様になれそうな気がしてくる。単なる偶然じゃない。本物の「宿命」に違いなかった。飾りは貧相かもしれないがシンボルとして完成された中にいる。謙虚な態度を示すため靴も靴下も履かないことにした。「裸足の王様、ラディスラス・クロブカ」。中々の名案じゃないのかな、と。 


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] Noirs [ - フランスのもう一つの文学 by Luj, 2008 - 2010